私たちの母は、もう他界して10年以上になるが、池田の実家に母の日は、花を持っていったような記憶がある、今は、この豊能に来て里山暮らしで息子たちは、それぞれの住まいからこの豊能に向けてプレゼントを送ってくれる。昔は、この地も能勢電が通っているので、昭和の時代は、満員電車で、毎日、6時30分頃の電車の満員デンスアに揺られ川西からこれも満員電車で大阪方面に通勤したものだ、今では、妙見線と日生線が合流する「山下駅」で乗り換えて川西まで「いつしか支線になって」しまっている。そして、豊能も「市街化地域から里山」と呼ばれるようになってきた。
◎豊能里山に暮らし40年が過ぎゆく!
